くるみ通信42号(2011.04)掲載分

 去年12月、自宅に我家の三女とやまどりからわしを一緒にすごしたH君がお母さんと来てくれた。当時の我家は、くるみの学童に2人、園児に4人いて、仕事をしながら、毎日煮物とお浸しを作り、やってもやっても無くならない洗濯物と格闘し、とにかく8時には園児を寝かせ、それから小学校の子たちと宿題をし、とにかく必死で生活をしていた頃…H君のお母さんがこんな事を云ってくれた。
 「そんなん絶対ないことやと思うけど、もし松川さん家の子が将来グレたら、私、絶対言いに来るわ。お母さんがどんなに子どもたちを思い、育てていたかって事、ずっと見ていたから私証人になるよ」 この言葉は、私のそれからの子育てに大きな大きな支えとなっている。
 1992年4月、今22歳になる長女と、20歳になる長男がそれぞれ3歳、1歳の頃くるみに入園、そして2011年3月末っ子の四女がくるみの学童を卒業する。

 くるみに親として関わりを持って19年が経っていた。思い返してみると本当にたくさんの人に支えられ、励まされの19年間だったと思う。
 長女長男と一緒にくるみ時代を過ごした親には、子どもを預ける事が多かった。懇談や、仕事で夜抜けられなかった時、週1回はお泊りをお願いしていた。休日には、小さい子がいて出かけられないだろうからと、山やスキーや川遊びも連れてってもらった。長男がずっとサッカーを続けてこられたのも我が子のように練習の送り迎えをしてくれたMさんのおかげ、Kさんは、未だに会うと「大変やったら言うてや。すぐ駆け付けるから」と言ってくれる。本当にこの時代のお父さんお母さんたちには足を向けて寝られない、といつも思う。
 出産後、「お医者さんからOKでるまで、子どもの送り迎えはするから」と自分の子より多い人数の我家の子を送り迎えしてくれたYさん、風邪を引いたとき等、弁当作ってあげるからゆっくりし、と言ってたくさんの弁当を作ってくれたYさん、「これ内緒ね」と言って年長の親の宿題だった靴下を編んでくれたSさん、仕事で切羽詰まっていた年末だったのでどんなに助かったことか…Yさんは、年長の合宿用の袋を「小さい子がいたらミシンも出されへんやろう、一つ作るのも二つ作るのも一緒」と色違いの素敵な合宿用の袋を作ってくれた。休日1日我が子を預かってくれて「自分の子みたいに気を使えへんから」と言ってくれるMさん。
 仕事で夜遅くまで残るようになってからは、我が子の迎えを一手に引き受けてくれたHさん、おかげで学童をやめる事無く続けられた。

 6人の子どもが全員学童を卒業するまでくるみに来る事ができたのも、こんなにもたくさんの「人と人とのつながり」があったからだと思う。そして、そんな人との繋がりで生まれるやさしい心が、子どもにも伝わっているのではないかな?と大きくなればなるほど感じる我家の子ども達である。

 子育てに終わりはないし、まだまだくるみで出会った人との関係は続くけれども、くるみを卒業するという事で一区切り…。今まで縁合って出会った全ての方々に感謝します。ありがとうございました。

 今くるみで子育て真最中のお母さん達も、「人と人のつながり」の中で少しでも子育てが楽しくなりますように。